◆記録的な物価高騰に苦しむイギリス

 

ッティング大田 朋子

 

コロナの脅威が終わったかと思うと次は世界的な不景気の波が押し寄せてきている。インフレに次ぐインフレで今は世界のどこにいても物価高に悩まされている感があるが、ロシアのウクライナ侵略によるエネルギー供給不足と価格の高騰に悩むヨーロッパでは、とりわけ厳しい冬を迎えている。

 

なかでもブレグジット(EU離脱)によって対EU貿易で煩雑な通関手続きが再開したり深刻な人手不足でさらなる物価高を押し上げているイギリスでは、ヨーロッパのなかでも突出したインフレ率を記録、10月のインフレ率は過去41年で最高水準の11.1%だった。

今回は光熱費や食料品の値上がり率が半端ないイギリスの現状をレポートしたい。

 

・光熱費8割増し!

スーパーに買い物に行くと、「以前は1英ポンド(約167円)で買えていたものが今は2英ポンド(約335円)する」、「値段は上がっているくせになかみは減っている」なんてことは、程度の差はあれ今どこでも見かける光景だと思う。インフレ率が11%を超えたイギリスも日常品の値上がり具合に目を疑う状況は同じで、しかもスーパーで肉や魚類、卵、青果物などを買っていると実際の値上り率は11%どころか20%、30%増し、商品によっては価格が倍になっているものもある。

 

食品の値上がり甚だしいことも深刻だが、今イギリスで値上げの度合いが一番激しいのが電気代とガス代だ。電力会社が10月から各家庭に「80%増し」の請求を実施することを発表したからだ。

8割増しというと、例えば年間平均1971ポンド(約32万円)の光熱費を支払っていた世帯では、10月からの値上げによって光熱費の負担が年間3549ポンド(約58万円)になる。「一体誰が払えるのか!」という甚だしい値上げに国民は途方にくれ五里霧中の状況だ。

 

極端な値上がりを受けて今はどこにいっても「暗い」。図書館に行くと光熱費の節約で廊下の電気はついていないし建物が全体的に薄暗い。電気同様、暖房の効きも不十分。子どもの水泳クラスに付き添ってもプールサイドの照明の暗さにびっくりするし、プール後のシャワー室では一定時間が経つとシャワーの水が自動的に止まり水の使用量を制限してある。

 

外が暗くて寒い冬に照明や暖房にかかるエネルギー費は死活問題。しかもエネルギー規制当局は2023年1月から更なる大幅な光熱費の値上げを発表しているから、この苦しい状況の今後が心配だ。

食品も電気代も家賃もすべてが上昇中のイギリス

 

・ヒート(暖房)かイート(食料)か?

深刻な物価高を受けているイギリスで最近よく耳にするフレーズが「ヒート(暖房)か、イート(食事)か(Heat or eat?)」。寒くても高すぎる光熱費が払えないから家の暖房をつけられない。手持ちのお金を暖房に使ったら食費に使う分がない。でも食品を買うと光熱費が払えない。

寒い部屋で食事をとるか、部屋を暖めて食事を我慢するか……。

 

生活にかかる全ての物の値段が劇的に上がっているのに受け取る額は物価高騰率に追いついていないため、多くの人の生活は非常に切迫している。寒さが厳しいイギリスの冬に暖房を使えないとなると体調をこわしかねないし命の危険にさらされる人も出てくる。「ヒート(暖房)」も「イート(食事)」もままならない人の増加は非常に深刻だ。

 

・フードバンク

イギリスには困っている人に無料で食品や生活必需品を支給する「フードバンク」という取り組みがある。大手スーパーや各店舗が賞味期限が迫っている商品や包装の問題で店舗に並べられない商品を寄付したり、市民がスーパーで買い物をするときに数品余分に買って出口付近に置いてある寄付ボックスに置いていくことで、それらの食品や生活必需品が生活に困窮している人たちに渡されるシステムだ。運営もボランティアの人たちで成り立っている。

 

とはいえ、生活が困窮して今年は寄付も減り、フードバンクで配る食品が圧倒的に足りていない。加えて、以前は寄付をしていた中間層の家庭が現在はフードバンクを利用するところまで状況は悪化していてフードバンクの利用者が今年は80%増加している。今までは食品を仕分けしたり配ったりと空いている時間を使って手伝っていたボランティアの人たちの中には、少しでも生活費を稼ごうと仕事に戻る・増やすケースも多く運営する人手も不足している。

 

・節電の工夫

食品とエネルギー価格急騰で多くの家計が困難を強いられているとはいえ、困難に直面しても工夫を忘れないのが人間の強いところ。イギリス国民も様々な我慢や工夫をしてこの事態と向き合っている。

 

まずは日々の電気使用量を把握して生活を見直すことから始めようと「スマートメーター」を取り付ける人が増えた。照明のスイッチをこまめに切ったり使っていない電化製品の電源を切るといった基本的なことから、洗濯を回す温度を40度から30度に落としたり(硬水なのでお湯でないと汚れが落ちない)、電気毛布の代わりに湯たんぽを使ったり。オーブン料理が多いお国柄だがオーブンの代わりに電子レンジを使う、オーブンの予熱時間を活用することで調理時間を短縮する、揚げ物はエアフライを使うなど。冬には洗濯物が乾きにくいイギリスでは衣類を乾かすのにタンブルドライヤーは必需アイテムなのだが、今年はちょっとした洗濯物は室内干しをして電気代を食うタンブルドライヤーの使用を控えている人も多い。それぞれが積極的にできる節電に取り組んでいる。

 

パンデミック後の現在、通勤と在宅勤務をまぜたハイブリッド勤務を取り入れている会社も多いが、在宅勤務の日は朝に走りに行って体温を上げたり、近所のカフェやジムのカフェエリアに仕事をしに行って自宅の電気消費を上げないようにしている人もいる。

 

「ブランケット・フーディー(ジャンパー)」と呼ばれる毛布生地で出来た大きめサイズのジャンパーもこの冬、人気が高い。筆者も持っているが実に腰まで温かいし、何と湯たんぽを入れるポケットまでついている!加えてポカポカ靴下・スリッパで足元を温かくしたり、電気毛布のひざ掛けを使ったり、ドラフトストッパーを使ってドアのすき間風を防ぐといった日常の何気ないところで小さいけれど効果がある節電をする人が増えている。

 

12月になりクリスマスツリーを飾り始めた家も多いが、今年はLEDライトを多用したり、買い足さずに去年の残りのキャンドルを使って無駄な出費をなくすなど、生活の豊さはできるだけ失わずに節電努力をしようとの工夫がうかがえる。

 

格安スーパーを利用して家計を押さえようとする人も

・クリスマス消費の傾向

12月に入ってクリスマスまでのカウントダウンが始まっているが、大手スーパーマーケットのテスコは、夏の時点ですでに「今年は7月からすでにクリスマスショッピングを開始すべきだ」と示唆していた。経済が停滞していてインフレが40年ぶりの高水準に達している状況で光熱費や食料品の値上がりはさらに続くし、11月に入ってクリスマスの準備を始めるころにはクリスマスの費用負担が大きすぎる、負担を軽減するために早めに買い出しを始めておけという警告だった。

 

実際今年は消費者の60%が食品以外の支出を減らしているし、12 月の買い物客はパンデミック前と比べて20%ほど減少すると予想されていて、オミクロンの脅威によって「ステイホーム」が推奨されていた昨年から4.2%しか増加しない予測だ。

 

「年に一度のお楽しみ」の楽しいクリスマスの季節がやってきているが、今年は必要な分を計画的に賢く買うことで我慢強く乗り切ろうとしている。とはいえ、約2年間厳しいロックダウンの規制下にあって人と会うことや行動を制限されてきた挙句、ようやくコロナによる恐怖から解放されて自由に家族や友人と楽しめるかと思えば次は生活不安が押し寄せている状況で、人々のメンタルが少し心配でもある。

 


ボッティング大田 朋子 Tomoko Botting-Ota

ライター&プロジェクトプロデューサー

 

アメリカ→ドイツ→インド→メキシコ→アルゼンチン→(数か月ばかりの英国滞在)を経て、2011年秋スペインへ移住。

現在イギリス・カンタベリー在住。

 

メキシコでオーガニック商品の輸出会社立ち上げ+運営。

アルゼンチンのブエノスアイレスでマンガの国際著作権エージェント立ち上げスペイン語出版。

 ⇒プロフィールはこちら https://tomokoota.wordpress.com/about/

 

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