◆イギリス王室とイギリス国民の関係

9月8日、70年に渡ってイギリスと英連邦の女王として君臨してきた女王エリザベス2世(以下、エリザベス女王)が亡くなった。第2次世界大戦が終わってから7年後の1952年に即位して以来、70年にも渡って公務に邁進し続け、イギリス現代史のどの時点を振り返っても「いつでもそこにいてくれた」、そんな女王の存在感が大きすぎただけに、国葬を終えた今でもイギリス国内では喪失感がぬぐい切れない。

 

エリザベス女王崩御の報に接し哀悼の意を表すとともに、今回はイギリス王室とイギリス国民の関係性を振り返ってみたい。

 

 

・イギリス国民が一つになった日

エリザベス女王の国葬は、9月19日現地時間11時からイングランドの首都ロンドンのウェストミンスター寺院で行われた。国葬に先立つ9月14日から19日には、女王のひつぎが安置されていたロンドンのウェストミンスターホールで公開弔問が行われたが、約25万人もの人が公開弔問に訪れたという。弔問に訪れた人たちは、20~24時間という待ち時間にも拘らず女王への弔問を待つ長い列に加わり、そうすることで女王を失くした喪失感を紛らし、悲しみを共有し合った。

 

その光景を見て、EU離脱などで分断が続いていたイギリス社会が久しぶりに一つになったと感じたのはわたしだけではなかったはず。1952年、25歳の若さでイギリスの女王として君臨し、生涯をイギリスとイギリス連邦に捧げ続けたエリザベス女王への感謝の気持ちが、イギリス国民の心を一つにした光景だった。

 

・「人生をイギリスの皆さんと英連邦に捧げる」

国民の女王として圧倒的な支持率を誇ってきたエリザベス女王だが、はじめから親しみと敬愛を持って国民に受け入れられていたわけではなかった。25歳で王位を継承した時には2児の母でもあった女王は、女王として妻として母親として激動の時代を生き抜きながら、国民とともに存在する王室の姿を模索し続けた。王室の権威は保ちながらも、国民に開かれた王室を目指して七転び八起きしながら、時に英断し、時に柔軟に対応しながらイギリスと英連邦のために尽くした人だった。そんな女王のゆるぎない献身が人々の心を動かし、国民の信頼を勝ち得て、敬愛される女王になっていったのだ。

 

エリザベス女王を語る時に外せないキーワードは「献身」だが、21歳の誕生日に女王自らが行ったラジオ放送でのスピーチが、公務に人生を捧げた女王の人生を顕著に物語っている。「私の全人生は、たとえそれが長くても短くても、国民の皆さんと英連邦にささげることを誓う」と、21歳になったばかりのエリザベス女王は、公式訪問先の南アフリカからラジオで国民に向けてこう語った。そして女王は生涯にわたりその誓いをまっとうした。そんな女王の君主としての責務と、宣言通り全生涯を捧げる姿を目の当たりにしてきたイギリス国民は、女王に対して感謝と敬愛をいだかずにはいられなくなった。それが現在の王室とイギリス国民の関係の礎となっている。

 

・スキップ・チャールズ

とはいえ、70年という歴代で最長の統治時代には、エリザベス女王への批判が高まった時期もあった。特に記憶に残っているのは1997年、国民的プリンセスだったダイアナ妃がフランスパリの交通事故で亡くなったのに、女王がすぐに弔辞を示さなかったときだ。女王がテレビで声明を発表するまで時間がかかったことが国民の怒りを買い、対応が冷淡だとして王室への支持が急落した。

 

ダイアナ妃が王室のなかで孤独を抱え、精神不安定から摂食障害に悩まされていたことは周知されていたので、「王室の誰もダイアナを助けなかった」、「イギリス王室がわたしたちのダイアナを殺した」などと、女王やイギリス王室はかなりのバッシングを受けた。特に、結婚当初から不倫を続けてダイアナを苦しませてきたチャールズ皇太子(当時)は、嫌悪感を持って強く批判された。「チャールズを飛ばして息子のウィリアム王子に継がせるべきだ」という「スキップ・チャールズ」論も盛んになった。

 

このときの出来事は、イギリス王室の存在が絶対的なものではないことをよく示している。今後民主主義国家のイギリスで王政が存続していくためには、国民のために存在する王室と、そんな王室を望む国民の声が欠かせないことを表している。

 

・民主主義国家と王室の共存

さて、偉大な女王なきイギリス王室をチャールズ国王が受け継いだ。チャールズ新国王といえば、近年になってようやく世論が肯定的に動いてきていたとはいえ、国民から圧倒的な人気を得ていたダイアナ妃を精神的に追い詰めた張本人とのレッテルは強く残っているし、最近ようやくその存在が認められてきた感があるカミーラ王妃も、結局はダブル不倫をしてダイアナ妃を苦しめてきた愛人といった穿った見方も健在で、新国王と王妃の人気は決して高いとはいえない。

 

エリザベス女王への敬意を払って、女王の喪に服している現在は公な議論は控えられてきたが、チャールズ国王の君臨中に「君主制を維持すべきか」という議論は活発化すると思われる。

 

現在はイギリス国民の大半が王室に対して好意的な見方をしていると言われているが、それはエリザベス女王が卓越した献身によって勝ち得てきた、女王個人への信頼と人気に負うところが大きい。エリザベス女王が長年築き上げてきた国民からの信頼を受け継ぎながら、新国王が国民と対してどう「存在意義」を示していけるかが今後の王室の行方のカギを握るだろう。

 

国民の生活と気持ちに寄り添いながら、どのように国民の敬愛を維持し共栄できる存在を模索していくのか、進化し続けるイギリス王室とイギリス国民との関係にこれからも目が離せない。


ボッティング大田 朋子 Tomoko Botting-Ota

ライター&プロジェクトプロデューサー

 

アメリカ→ドイツ→インド→メキシコ→アルゼンチン→(数か月ばかりの英国滞在)を経て、2011年秋スペインへ移住。

現在イギリス・カンタベリー在住。

 

メキシコでオーガニック商品の輸出会社立ち上げ+運営。

アルゼンチンのブエノスアイレスでマンガの国際著作権エージェント立ち上げスペイン語出版。

 ⇒プロフィールはこちら https://tomokoota.wordpress.com/about/

 

ブログ https://tomokoota.wordpress.com/