◆ジェンダー・ニュートラルな制服(Gender-Neutral School Uniform)

 

                                          ボッティング大田朋子

 

イギリスの学校は9月から新年度がスタートする。新しい学年が始まるこの時期は新しく通うことになった学校の制服を買ったり、サイズアップのため制服や運動着を買い替えるタイミングにもあたる。中学生と小学生の子どもがいる筆者も9月が迫ってくると制服を買い足す保護者の一人なのだが、お決まりの流れとして夏休みは日本に行くので猛暑で頭がボーっとするなかなんとか気力を振りしぼり(大げさ)オンラインで制服を注文、イギリスに戻ったら注文品を確認し9月はサイズが合わなかった分を返品する作業に追われるなんてことを毎年繰り返している。

 

学生服といえば、子どもたちの制服を選んでいてこの数年の間に随分と変ったことがある。それは「ジェンダー・ニュートラル」という考え方の導入。実は2年前に学校指定の学生服専門のオンラインショップで長男の学校のネクタイを買おうとしたところ、どこを探してもネクタイが見当たらなかったことがあった。学校から提示される「制服リスト」から“男子”“女子”という性別表示がなくなったことが発端だったのだがそれに気づかず、従来通りサイトをブラウズしてもどうしてもネクタイが見つからない。

 

ふたを開けてみると、子どもが通う中学校はその年から従来の「Boys/男子」「Girls/女子」用の表示を止めて、「uniform A(スカートを軸とした制服)」と「uniform B(ネクタイ、ジャケット、ズボンを含む選択肢)」と呼び方を変えていた。何も気づいていなかった筆者は「制服A(スカートや開襟シャツなどいわゆる女子生徒がよく買う制服)のカテゴリーで男子生徒だけが着用するネクタイを探していた。「AやらBやらなんのことかわからんがな!」とイラついてしまったが、事情をひもとくとイラついている場合ではなかった。

(画像;学生服のオンラインショップで購入する際に表示される“性別”も男女ではなくUniform AやBと表示され始めた)

 

日本でも近年男女関係なく制服を選択できる「ジェンダー・レス制服」を取り入れる学校が増えているが、今回は「ジェンダー・ニュートラル」の取り組みに関して先進国といわれるイギリスから「ジェンダー・ニュートラル・ユニフォーム」の最新事情を紹介したい。ちなみに「ジェンダー・ニュートラル」は日本では「ジェンダー・レス」と紹介されることが多いが意味するところは同じだ。

 

・公立でも小学校から制服着用

まずイギリスの制服について。イギリスでは子どもが小学生になると公立学校であっても制服で登校し始める。制服着用が国の義務という訳ではなく、教育省は「小学校からの制服着用を強く推奨している」程度なのだが、私立でも公立でも小学生から制服で登校するのが一般的。実際は、小学校の前年の「レセプション(4歳)」と呼ばれる就学準備にあたる学年から小学校のある校舎へ通うことが多いため、子どもたちは4歳から制服で登校をし始める。

 

制服着用の理由としては、各家庭の経済格差が出にくい点や連帯感を生みやすいことが挙げられるが、イギリスの公立小学校の制服は、学校から色や形といったゆるい指定が出るだけでかなり自由に選べるのが特徴だ。例えばズボンやスカートは「黒、グレー、ネイビーブルー(濃紺)、チャコールグレー(黒に近いグレー)」であればどの学生ズボンでもよい。女子のスカートでも、学校指定の色さえ守ればフレアタイプでもAラインでもプリーツでもよいし、ピナフォーと呼ばれるジャンパースカートでもオッケー、随分と前から女子がズボンを履くオプションも普通に存在していた(防寒や機動性のため)。

このように割と自由に選べるイギリスの公立学校の制服だが、制服から体操着、学生靴までほとんどのアイテムがスーパーで安価に揃えられるところが良い。制服の値段がかなり抑えてあるので金銭的に優しい。とはいえ学校紋章がつくアイテムが1つや二つはあってそれらは指定の店で買うことになるのだが、それでもイギリスの学生服の値段は日本の制服と比べると12~14パーセント程度の値段で揃えられる。

 

義務教育が15歳で終わるので16歳からは制服着用の義務がなくなる。とはいってもジャンパーやジーンズでの登校は大方禁止されていて、16~18歳の学生は「ビジネススーツ」というルールのなかで自分が選んだスーツを着て登校する。

 

・ジェンダー・ニュートラル制服導入の背景

このように日本と比べるとイギリスの学校制服はもともと選択肢の幅が広く用意されているが、近年急速に「ジェンダー・ニュートラル」の考え方が制服にも取り入れられ始めた。2010年に「性適合、人種、宗教・信条、性別、性的指向」といった差別の禁止を掲げた「平等法」(Equality Act 2010)が施行されたのだが、それを皮切りに学校生活のなかでも「ジェンダー・イコール」の取り組みが活発化してきたように思う。

 

・敬称や代名詞も性別不問に

筆者が学校のジェンダー・ニュートラルの取り組みで一番始めに気がついたのは、先生からのメールの敬称だ。「~さん」を表す“Mr”や“Mrs”、“Ms”という性別別の敬称に“Mx”が加わった。“Mx”は性別を特定しない場合に使われ、「男性だけでも女性だけでもないと自認している」という先生の意思がここで確かめられる。

また学校からのメールの最後につける署名に「My preferred pronouns are ……(私に使ってほしい代名詞は・・・・)」という一言が入るようになった。男性と女性の区別をつける「she/her/hers/he/him/his」といった“gendered”な言葉ではなく、ジェンダー・ニュートラルな“they, them, theirs”や“ze”を選びたい先生や生徒がメールの署名で意思表示をするのがスタンダードになってきている。

(画像; メールの署名でも “My preferred pronouns are she/her/hers.”といった一言が添えられることが増えてきた)

 

・自認する性別を反映して選べる配慮

学校でのジェンダー・イコールの取り組みが日々のあらゆるところで見えるようになってきたが、やはり子どもたちにとって一番身近なのは「ジェンダー・ニュートラル・スクールユニフォーム(gender-neutral school uniform)」の導入だと思う。

 

よくよく考えてみると21世紀になって色々な分野で急激な変化が起っているのに、学校の制服に関しては「女子はスカート、男子はズボン」といった伝統的な性別規範が続いていた。ジェンダー・ニュートラルな制服の導入は、生まれながらの性と自認する性が違う人たちにとって、社会が押し付けるジェンダー規範に縛られずに自分らしさを表現できる選択肢につながると同時に、社会全体として、今でも根強く残る性別による固定観念を軽減することにつながっていって欲しいし、それを目指している。

 

・現状と課題

2019年にイギリス国内最大の学生服メーカーの一つが、「すべての子どもたちが自分が最も快適だと感じる制服、自認する性別を最も反映した制服を選択できるように体制を整えていく」と声明を出し、性別に基づく制服アイテムのリストを止めると発表した。それによって「性的マイノリティーに対しての差別を防ぎたい」と。

 

その流れを受けて、制服の呼び方も一部で中立的になってきている。学校の制服方針に関する文書や制服を売る際に「男子」と「女子」という表現が消え、性別に依存しない呼び方「制服 A」と「制服 B」に置き換えられた。冒頭に筆者が息子のネクタイを探していて見つからなかった話をしたが、こういう事情があったのだ。2年前にはまだ新しい動きだったので、私を始め本件に関して多くの保護者の意識も乏しくちょっとした混乱を生んだのだった。(余談だが、筆者の子どもの学校では「A」や「B」での表示は紛らわしいとの声が多く挙がり、今年は男女の区別はしないが内容は明確な“ズボンタイプ”、“スカートタイプ”という呼び方になっていた。)

 

一方で、今でも多くのスーパーの学生服売場では「男子」「女子」の表示がそのまま続いている。ジェンダー・ニュートラルの考え方が浸透している場所と、まだこれからという場所に大きな隔たりがある現実も見えてくる。

 

・混乱を増長する危険も

このように2010年の平等法施行からジェンダー・ニュートラル制服の導入が大きく進んできたイギリスでは、2023年にはすでに多くの学校で性別に中立な制服方針を採用し始めている。

 

「自認する性別」と「社会的認識からくる性別」が違いステレオタイプの制服を着る事が重荷になっていた子どもたちに寄り添う第一歩となっていると信じたい。そして、その延長上にある性別による偏見や差別がない社会につながってほしいと切に願う。

 

一方で、急激に進んだジェンダー・ニュートラルの取り組み方に懸念の声も挙がっている。その一つが、ただでさえ自分の体にコンプレックスを持ち、性に関する混乱を抱えがちな(特に思春期の)子どもたちに一層の「混乱」を与えかねないという懸念だ。「大人への過渡期に当たり、ただでさえストレスフルで不安定な精神状態になりやすい多くの思春期の子どもたちに不必要な疑問を投げかけ兼ねない」という心配の声が保護者のなかではある。

 

社会がジェンダーへの寛容さを示す風潮にのり、実際は性の悩みではないのに性別の悩みとすり替えて勘違いし、自分がどちらの性別に属しているのか分からなくする危険をはらむという指摘だ。また、多くの少年にとっては「男らしさ」という感覚がアイデンティティ形成に重要な役割を果たすのに、その形成過程に影響を及ぼすのではないかという指摘もされている。

 

・本当の意味での多様性の尊重

多くの学校では性別を超えて「制服A」と「制服B」のオプションを選ぶことはできるが、二つの組み合わせは許可されていない点も問題視されている。性別に区別されない平等、すなわち多様性の尊重を掲げるなら「開襟シャツに組み合わせるのはスカート」と決めずに「ネクタイとスカート」といった選択肢も尊重すべきだという意見だ。

 

・子どもたちの安全を守る役割も

女子用の制服ズボンが出てきたことを歓迎する声のなかには「ズボンをはいている方が安心」と言う声も多かった。ズボンを履くと通学途中で性的対象になるリスクを避けることができるからだ。この数年で女子生徒のズボン登校を見にすることが増えたと感じているが、ジェンダー平等への配慮とともに、制服が子どもたちの安全を守る役割についても考えさせられる。

学生服を始めとするジェンダー・ニュートラルの取り組みはまだこれから、今後の動きを温かく見守っていきたい。


ボッティング大田 朋子 Tomoko Botting-Ota

ライター&プロジェクトプロデューサー

 

アメリカ→ドイツ→インド→メキシコ→アルゼンチン→(数か月ばかりの英国滞在)を経て、2011年秋スペインへ移住。

現在イギリス・カンタベリー在住。

 

メキシコでオーガニック商品の輸出会社立ち上げ+運営。

アルゼンチンのブエノスアイレスでマンガの国際著作権エージェント立ち上げスペイン語出版。

 ⇒プロフィールはこちら https://tomokoota.wordpress.com/about/

 

ブログ https://tomokoota.wordpress.com/