◆交通・医療・学校とイギリスで相次ぐストライキ

 

ボッティング大田 朋子

 

10%を超えるインフレが続いているイギリスでは、連日賃金アップを求めたストライキが行われている。ストで電車が動いていない、学校が休みになるなどストライキの度に生活に影響をきたすので、いつ誰がどこでストライキするかが一目で分かる「ストライキ早見表」で各種ストライキの状況を確認してから予定を組むのが今や日課になっている。

 

去年からの一連のストを簡単にまとめておこう。2022 年6月に鉄道労働者が過去数十年で最大規模のストライキを実施した。思えばこれが今に続くスト連鎖の始まりで、その後地下鉄、バス、郵便局員、運転免許の試験官とストが相次いだ。年末には郵便局員、救急車隊員、空港の入国審査を行う職員といったあらゆる業種でストが行われ、とうとうNHS(国民保健システム)で働く看護師も史上初となる全国規模のストを行いストライキが多発するなかで一年が終わった。

 

今年に入ってからもストライキは続き、郵便局員や鉄道員といったストライキの常連業界に加えて、公立校に勤務する小中学校の教師や医療現場を支えるジュニアドクター、理学療法士のストも発表された。二桁のインフレ率に見合う賃上げを掲げる労働組合と、これ以上インフレを加速させたくない視点から賃上げ率を数パーセントにとどめたい政府との間で解決の目途が立っていない。

 

・うっかり怪我などしてられない! 

あらゆる業種に渡ってストが多発するなかで特記すべきは看護師たちのストだろう。昨年12月、全国の看護師10万人が参加し史上初めてとなるストライキを行った。看護師たちは長時間労働と過重労働という悪質な労働条件が続いている上に低賃金労働であることが以前から問題視されていた。労働条件や低賃金労働問題が改善されないままコロナ時代に突入し、過酷なコロナ医療で懸命に働いたにも関わらずイングランドの看護師にコロナ手当ては出なかった。2022年度の賃上げも3パーセントにとどまるという、限界に近い過酷な勤務状態が続いている。

 

看護師として働く友人は史上初となる看護師のストを「今まで我慢の上に我慢を重ねてきたけど、とうとう立ちあがることを決めた」と表現していた。イギリスで公共部門がストライキを決行するには、労働組合の組合員にストの是非を問う投票を行うことが義務付けられている。その投票で多数決を取らなければ労働組合はストを決行できないのだが、看護師の友人たちは「今まではストに持ち込むかどうかという逼迫した状況でも勤務を優先してきたけれど、今回はストに参加すると返事した」と話していた。

 

12月の全国規模の看護婦ストでは政府が話し合いの場を設けないまま終わったため、3月1日再び48時間の看護師ストが予定されていたが、2月末、政府が話し合いの場につくことに合意し交渉の間はストは行なわないと発表されて現在に至る。政府が示す3.5%の賃上げと看護師の組合いが求める条件が、どこまで折り合いがつけられるか注目されている。

 

ストライキ早見表

 

・ジュニアドクター(臨床研修期間中の医師)もストライキ

看護師や救急隊員のみならず、医療現場を支えるジュニアドクターも72時間のストライキを決行することを発表した。イギリスでは大学の医学部を卒業した後、大学院の研修に従事して、その研修が修了すればコンサルタントと呼ばれる専門医となるかジェネラルプラクティショナー(GP)と呼ばれる家庭医になるかを決めるのだが、つまり「研修」扱いの期間が長くその間に属する医師をひっくるめて「ジュニアドクター」と呼ぶ。ジュニアドクターとだけ聞くと大卒後の新米ドクターと勘違いしがちだが決してそうではなく、大雑把な言い方をすれば、筆者を始めイギリス在住者が病院に行ったときに診察してくれる30代前半までのお医者さんのほとんどがジュニアドクターだと思って間違いない。つまり、看護師と同様、毎日毎晩の医療の現場を支えているお医者さんが3日間にわたってストを行うということは、スト中の手術の延期や診察のキャンセルは免れず多大な影響を及ぼすだろう。

 

冗談ではなく、今のイギリスでは怪我をしても簡単には診察してもらえそうにないし、病気になってもいつ治療してもらえるかわからない。 筆者が小学生の時に社会の授業で「ゆりかごから墓場まで」という福祉国家のイギリスを象徴した言葉を学んだものだが、第二次世界大戦後イギリスの医療を支えてきたNHS(国民保健サービス)は、今まさに崩壊の危機を迎えている。「国民全員に平等に無料で医療を提供する」という医療制度の限界が浮き彫りになっている気がする。

 

・ジュニアドクターの給料

賃上げを要求してストライキを起こすジュニアドクターだが、一体いくら稼いでいるのか。医学部を卒業後1年経過した新米ジュニアドクターの時給は14英ポンド(約2270円)、10年経験を持つシニアドクターの自給は28英ポンド(約4540円)と発表されている。ちなみに23歳以上のイギリス人の最低賃金は10.42ポンド(約1670円)。この数字をどう受け止めるかは人それぞれだが、ジュニアドクターの給料は世間一般が思っている以上に少ないことは間違いない。その上、2008年以降公共セクターのなかでは最大の賃金カットをうけてきた業種でもある(2008年から2022年の間のジュニアドクターの賃金カットは26%)

「はじめは安月給でも専門医になったら高給取りになるでしょう」と言う人もいるが(一般開業医の給料は年間約1300万円、NHSの外科医の年間給料は1770万円から2600万円)、5年から10年続くジュニアドクターの間に退職してオーストラリアやニュージーランドに移住する医師が後を絶たず、イギリスの医療現場で人手不足が加速するという新たな問題を生んでいる。

 

・ストが多発することでの問題点

イギリスの連日ストを見ていて感じる問題の一つは、あまりにも多くのストが連日行われているので、どこかの業種がストを実施しても「本当に労働に見合った賃金が支払われていないのか・いるのか」「実際の労働環境は?」といったその業界の現状や課題を多くの一般市民が理解せずに終わってしまっていることだと思う。

 

例えば、去年から断続的に行われている鉄道業界の労働者によるストライキと、現在進行中の看護師のストライキを一緒に考えてもいいのかとわたしは疑問に思う。

鉄道業界の職員に恨みがあるわけでもなんでもないが、発表されている数字だけを見ると、鉄道業界の職員の平均給与は年間約714万円に対して、看護師の給料は、経験や等級によって異なるが看護師全体の約 42%を閉めるBand5ランクの年間給与だと227万円から454万円だという。この給料差や労働の性質、実際の労働条件などを考慮したときに、鉄道職員のストと看護師のストを一緒に扱ってもいいのだろうか。看護師の過酷な重労働に対してそれに見合った賃金が支払われていない事実の前では、鉄道職員の待遇は非常に優遇されているように映る。

 

ストが多発していることで本当に緊急な解決が必要な業界のストに対して十分な理解とサポートがないまま終わってしまっている気がする。早急な労働条件の向上が必要な業界の課題にフォーカスすべきだと思うのはわたしだけではないはずだ。

 

なにはともあれ、ストライキ早見表をチェックせずに予定が決められる日は一体いつになるだろう。


ボッティング大田 朋子 Tomoko Botting-Ota

ライター&プロジェクトプロデューサー

 

アメリカ→ドイツ→インド→メキシコ→アルゼンチン→(数か月ばかりの英国滞在)を経て、2011年秋スペインへ移住。

現在イギリス・カンタベリー在住。

 

メキシコでオーガニック商品の輸出会社立ち上げ+運営。

アルゼンチンのブエノスアイレスでマンガの国際著作権エージェント立ち上げスペイン語出版。

 ⇒プロフィールはこちら https://tomokoota.wordpress.com/about/

 

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